カテゴリ:すさび映画生活( 9 )
「ちかくにすんでるみなさんへ」  宇戸紫乃監督作品 完成!
                   






               「ちかくにすんでるみなさんへ」                            
                         宇戸紫乃監督作品

                         上映日程 4・26(土)
                                5・31(土)
                                6・28(土)
                        時   間 14:30、16:30の2回上映
                        場   所 五反田文化会館

                        まずは、予告編をご覧ください。

                     「ちかくにすんでるみなさんへ」予告編

                         宇戸紫乃監督インタビュー
 

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by susabi2007 | 2008-02-24 16:27 | すさび映画生活
すさび映画生活  







                    かっくん、映画出演決定!

                         「ちかくにすんでるみなさんへ」
                            宇戸紫乃監督作品






 



クランクイン
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by susabi2007 | 2007-09-29 22:50 | すさび映画生活
純白
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Nikon D200 TAMRON SP AF90mm F/2.8 Di MACRO1:1
撮影地:神代植物園 ベゴニア

 



susabi映画生活 最終章

新学期が始まり、夏に撮った映画をラッシュで見た。どれも切るのはもったいなかったので、できるだけつなぎ合わせた。撮影や編集にあわせて逐一台本は書き直された。アドリブで発せられた台詞も全て書き留められていた。こういう事をマメにやってくれているメンバーがいてくれるおかげで、アフレコなどその後の作業も順調だった。暑い夏に演じた内容が映像となって再現され、映像となった自分たち姿をみんなで笑いながら見届けて、声が吹き込まれていった。

そのころ並行して音楽の準備が進められていた。Nが選曲した音楽を中心に編集にあわせて音をかぶせていった。クラシックから、アクションにあわせたビートの聴いた曲まで、音楽に疎い私の世界を軽く超えていた。知らない曲がほとんどだったのでまるでこのために作曲したのではないかというぐらいそれぞれのシーンのイメージを印象づけた。それでもNは不満だった。曲がまだまだ足りなかったのだ。思い通りの選曲にも限界を感じていたようだ。

すると今までの撮影でも目立つことのなかった女の子が「こんな感じでどう?」と言いながら、横にあったピアノを弾いた。きれいなメロディだった。「そうそう、こういう感じの曲がほしかったんだ。これ何の曲?」とNの顔がほころんだ。「ん~、いま、なんとなく思いついたの」。その子は絶対音感を持っていた。Nが口ずさむとそのまま曲になった。ついにはオープニングからエンディングまで彼女のピアノが加えられていった。こうして、クラスの中の知られていない才能が次々と映画に投入されていったのだ。

部活動をやりくりしながら、編集が繰りかえされた。この学校は6時には完全下校しなければならないので、わずかな時間を惜しみなく費やして編集作業を行った。いよいよ文化祭まで残りわずかになった。これからは教室を映画館に仕上げていかなければならない。それはGが指揮をした。看板から暗幕まで段取りよく舞台が出来てきた。そして前日の試写会で、みんなで鑑賞した。感動するよりもみんなで思いっきり笑った。そして安堵と共に明日からの評判も気になった。

試写会を終えてみんな帰宅するときになって、Nが不服そうな顔をしていた。「どうした、音楽もバッチリじゃないか」というと音楽ではないのだという。「気づかないか、音がないんだよ、音が。歩く音走る音、飛び込む音もなんにもない、だから臨場感がないんだよ。今まで気づかなかった、そんな簡単なことに・・・」私もはっとした。やってる本人たちは、撮影時の音が耳に残っているので、そんな音がなくても勝手に頭の中で音を作っていたのだ。

そこに残っていたのはあと私とGの3人だけだった。私はもうやらずにいられなかった。3人でやろう。ここじゃ何もないから家でやろう、と我が家へ移動した。たいした目論見があるわけではなかったが、何かしたかった。後悔はしたくなかった。映写機を抱えて家に入った。

そこからはNのドラマーの腕が生きた。コップやまな板など家のものを総動員して音を作った。走る音は暗闇の中を3人で走って音を採った。プールに飛び込む音は、風呂に飛び込んだ。空が明るくなってきた。必死の思いで音を入れた。そして映像は見る見る臨場感が増してきた。

朝学校で再度試写会をした。みんな約束の時間より早く集まっていたので改めてみんなで観た。今度は拍手が沸き起こった。もう、なにも心配なく上映を始められる。

いよいよ文化祭が始まった。相変わらず演劇部の人気は高かったが、我々の映画も満席だった。看板には「キスシーン」や「女子更衣室」といった魅惑の文字が踊っていて、演劇を見終えた観客が次々と集まってきたのだ。

もちろん映画は裏切らない。キスは実際にはしていないが、そう見えるように撮ってある。女子更衣室では10人近い女生徒が下に水着をつけてはいるが、タオルで隠した肌をあらわにしている。もちろん主役の裕次郎の人気は絶大で、ちゃんとプールではお尻をサービスして黄色い歓声を浴びていた。Kはマニアックなファンを獲得した。いかにもそれっぽい女子中学生がサインをねだっていた。そして、派手な主演女優は役柄として化粧のない、あどけない本当にかわいい笑顔を振りまいていた。

毎回毎回満員御礼で、廊下に長い列が出来た。2日間観客と共に笑って映画を上映し続けた。そして最後の上映はクラスみんなが集まった。終わった。観客全員を無事に部屋から追い出すまで不思議と冷静でいた。もう上映は終わりです、と看板をはずし教室に戻った。ほっとしてなんだか真っ白な気分だった。本当にやり遂げた直後は、まだ体に緊張が残っていて、泣けないものだということをはじめて知った。


                   よ~し!うちあげだ~!   


                       うぉ~~! 

  



                       完



                    制作監督:susabi



            この物語はノンフィクションですが、実際とは多少異なる
            記述が存在することはご了承ください。

                       文責:susabi
                      著作権:susabi

       


                       20070808
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by susabi2007 | 2007-08-08 14:16 | すさび映画生活
純真
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Nikon D200 TAMRON SP AF90mm F/2.8 Di MACRO1:1
撮影地:神代植物園

 



susabi映画生活 その5

クラスで映画制作が決まった日は、放課後の部活動中も台本のことで頭がいっぱいであった。『いい台本かいてくれよ。』これが上手くいかないとせっかくの勢いに水を差してしまう。そして正直自分より遥かに大きな存在の裕次郎Mを主演にするだけの監督にはなりえないのだ。

部活が終わった帰り道で原稿用紙の束を買った。今日から何か書き始めようという自分への意思表示だった。中学時代の台本は「西遊記」を要約しただけだったので、読書感想文を書くより簡単だった。今回は自分でちゃんと書こうと思った。思ったのはいいのだが、いざ机に向かうと何も書き出せない。あれこれ思うだけでなかなか書けないものだ。インディジョーンズのような冒険活劇にはしたかったが、あれはロケ地の魅力もあるので実際には難しそうだ。部活で忙しいクラスの人たちを外には簡単に連れ出せない。すごいものを作り出そうと妄想だけが先走って現実に結びつかないのだ。

ボーっとしながら、今日のクラス会のことをあれこれ思い浮かべた。みんな楽しそうだった。みんなが出れるような映画にしたかった。Kもかわいそうだ。主役の座を奪われて、しょんぼりしていた。ふと薬師丸ひろ子主演の「ねらわれた学園」が思い浮かんだ。しきりにテレビで宣伝をしていた。といいながら私は観ていなかったので話の内容は実は全然知らないのだが、予告編でみたそのタイトルが頭をよぎったのだ。学園生活なら描けると思った。Kを悪役に仕立てて、学園で騒動を起こして、生徒がそれに対抗するような話が出来れば面白いのではないか。

学園の何をねらわすか?わかりやすい設定にしたかった。そうだ宝物だ。今も昔も「宝探し」は永遠普遍の映画のテーマなのだ。分かりやすい設定ほど、人々を引き込めるのだ。インディジョーンズだって、所詮は宝探し。学園に宝物が埋まっていて、その地図を生徒と悪役が奪い合いながら、探すのだ。その過程で「友情」深まっていく。「宝さがし」と「友情」。ジョージルーカスや黒沢明だって、中心になるテーマは意外と単純なものなのだ。

気持ち悪い生物室や屋上やプールや体育館の裏まで、スリル満点、アクションいっぱいのシーンが頭の中で駆け巡った。そしてインディジョーンズのように主演女優がさらわれて、主演男優が助け出す。最後は生徒が団結して悪役をやっつけて宝物を見つけるのだ。

頭のなかでイメージができたら書くのは簡単であった。原稿用紙が次々と埋まっていく。なにも今日中に書いていくことはなかったのだが、もう止まらなかった。ふと見ると外が明るくなってきた。人生初めての徹夜を経験した。

クラスのみんなに原稿の束を見せてあらすじを話したらみんな賛同してくれた。タイトルは「ねらわれた学園」で決まった。この映画を見た人はほとんどいないようだったが、そのネーミングは魅力的だったのだ。見慣れた校舎の中で繰り広げられる単純な話はすぐに理解が得られた。Kもその役に満足だった。「じゃ、アクション監督は任せてくれよ」といつもの調子でおどけて見せたが、もう誰も笑うものはいなかった。

私の書きなぐった原稿をみんなでワイワイと読みながら、さらにあーしよう、こうしようとアイデアが盛り込まれていった。「ちょっと真面目すぎないか、これじゃ演劇部に勝てないぞ」そんなことまで考えているやつもいた。「そりゃ映画といえば恋愛は必須だね」と主演女優が主演男優に恋をする場面が加えられ、キスシーンまで書き込まれた。その二人は特に動じることもなく「いいよ、面白いじゃん」とすでになりきっていた。

そして、「お色気がたりないじゃないか」と女子更衣室に突入するシーンも加わった。女の子たちもキャーキャー言いながらも、まったく否定はしなかった。その代わり裕次郎Mを「脱がそうよ!」といって、プールに飛び込んだ弾みにパンツが脱げるというシーンが女子たちの手で加えられた。もう全員が物語の中に入り込んでいた。これらがト書きや台詞に書き分けられて、やがてきちんとした台本として仕上がった。

夏休み、いよいよクランクイン!事前に写真部のYと私とGとで細かな段取りは終えていたので撮影は順調であった。撮影は主に部活動が終わった夕方に行われたが、みんなほとんど参加していた。全員が必ずどこかに出演するようにした。そして必ず台詞があった。私は段取りをしていくだけで十分で、細かいことはみんなが自ら工夫して進めていった。台本から外れたアドリブのギャグや演技が新鮮だった。

演技においてはKのアクションがみんなを魅了した。このころはまだリドリー・スコット監督の「ブラックレイン」など世になかったが、Kの演技はその松田優作の遺作にも劣らぬ迫力だった、とは言いすぎだが、後にその映画を見たときには高校時代の映画を思い出すには十分であった。主演の二人は彼に圧倒されながらも、日増しに緊張が解け、いい演技をするようになった。Yのカメラワークも冴え渡り、その汗まで描くようになっていた。大掛かりなセットなど一切なかったが、歴史を刻んだ古い校舎ほど映画にふさわしい舞台はなかったのである。

続く
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by susabi2007 | 2007-08-07 10:30 | すさび映画生活
魅了
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Nikon D200 TAMRON SP AF90mm F/2.8 Di MACRO1:1
撮影地:神代植物園 カトレア

 



susabi映画生活 高校編 その4

松田優作好きのKと真っ先に映画話で盛り上がった。彼はいつもドラマの中にいた。モデルガンでカッコいい撃ち方の研究をして、「太陽にほえろ」のジーパン最後のシーンを繰り返し演じ、「このシーン入れようぜ!」ってそればかり言っていた。黒ずくめのスーツに赤の靴下を履いて通学している彼は、とにかく文化祭で目立ちたかったのだ。演劇部で発生練習などはさせてもらっていたがもちろん劇の練習には参加できない。彼は活動の場を求めていた。

Gは話すまでもなく参加したが、彼は「お前が監督しろよ」と言った。運動部でレギュラーになっている人間の存在は大きいとも言った。たまたま、クラスの運動部所属では、私しかその地位にまだいなかった。もちろん監督をする気でいたが、そう言ってもらえたことがすごく嬉しかった。GもSF少年で、ジョージルーカスやスピルバーグが好きであった。そのころGと映画館でインディジョーンズを見て盛り上がった。やっぱり映画はこうじゃなきゃいけないと目指す方向性が決まっていった。

KもGも数少ない美術選択組みである。美術の授業はすばらしかった。先生が抜群に絵が上手いのだ。美術室の黒板全面にはいつも4色のチョークを使った絵が描かれていた。ここで構想を練ってアクリルのキャンパスに仕上げていくのだが、その単純化された色彩の描き出す夢のような風景画は、見たこともない宇宙のかなたの世界を描き出していた。この先生に憧れて、3人でお願いして先生の自宅兼アトリエを見せていただいた。そこには大きなキャンパスにパステル調のアクリルで書かれた不思議だけど憧れる夢の世界が広がっていた。(後に有名な画家となって活躍されています。)

暑い夏が近づいてきた。映画の話は3人で盛り上がっていたが、部活もあるので具体的な話は進まなかった。一度クラスの人々に話す必要があった。みんなの反応が心配だ。協力を得られないと実現は出来ない。そんな時クラス会で担任が、文化祭をどうするか夏休み前に決めといたほうがいいよ、と言い出した。2年生はクラス単位の出し物としてはもっとも盛り上がるのを知っていたのだ。3人はすぐに顔を見合わせて「映画を撮りたい」と提案した。

クラスのみんなが顔を見合わせている。しばらく沈黙の後、やろうよと写真部のYがいった。「俺中学の時に映画撮ったから撮影できるよ」と言い出した。「音楽いるよな」と机を叩きながらドラマーがのってきた。すでに立ち上がっている優作Kは、「オレ、主役!アクション映画の主役!イエーイ!」と体をひねりながら声を上げたが、これはまずかった。女子たちが一斉に失笑した。その声を代弁するように派手な女Uがいった。「主演男優は、Mだよね。絶対!」みんなが一斉にMのほうを向いた。無口だがその赤く焼けた顔には海の香りさえ漂っていた。バレー部と水泳部を兼部し、がっちりとして大人びた顔は若き日の石原裕次郎のようであった。「じゃ、お前は主演女優だな」派手な女Uと対等に口を利けるのはMしかいなかった。Mはまたいった、「すさびが監督するんだろ、いい台本かいてくれよ。」

みんな2年生になって余裕がでたのか、部活以外での何かを求めているのも明らかだった。音楽会も3年生まで活躍の場がないことはよく分かっていた。夏休みは毎日毎日部活動しかないことも分かっていた。高校生の証が欲しかったのだ。「映画」という言葉には体育系も音楽系もそして芸術系も全員が共感できる何かがあった。

続く
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by susabi2007 | 2007-08-06 09:22 | すさび映画生活
賛歌
ブログの更新が遅れておりまして、誠に申し訳ございません。
週末は家族の予定がいっぱいで、子供の自由研究を手伝わされたり、ついにカメラを
買うぞと宣言した人に付き合ったり(これはうれしい!)と、今日もこれから出かけるの
で、更新は勝手ながら あきらめました。続きを書いてる途中で、時間切れです。

月曜日には再開する予定です。
皆様への訪問コメントも出来ておりませんが、来週ゆっくり伺わせていただきます。


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Nikon D200 TAMRON SP AF90mm F/2.8 Di MACRO1:1
撮影地:神代植物園 :サンタンガ

 



susabi映画生活 高校編 その3

年末になるといよいよ音楽祭。この時期、音楽選択の人たちはそわそわしてくるが美術選択の我々は何のことだか実感がない。本格的な音楽ホールを借り切っての音楽祭をはじめて観たが、主役は3年生であった。部活を引退して受験勉強をしていると思っていたのだが、彼らはこの最後の歌劇に命をかけていたのだ。この高校はこれでも進学高なのだが、いったいいつ勉強をしているのだろうか。かわいそうなのは1,2年生で、合唱以外は裏方である。受付や舞台裏を走り回って本番を見ることも出来ない。

そのころ体に変化があった。週末の練習は校外をひたすら走っているのだが、辛くていやな練習であった。いつも後方を歩くようについていった。それがある日走っている途中でふと体が軽くなり、息が楽になった。不思議なことにしんどくなくなった。いくらでも走れるようになったのだ。監督に「超えたな」といわれた。知らぬ間に体が鍛えられて一線を越した瞬間だった。いくらでも走り続けることが出来るようになったのだ。

思えば、小さいときからよく走っていた。小学校時代はこれも親の転勤で広島と高知で過ごした。田舎暮らしを体験させようと親は高知の郊外の田んぼの真ん中の家を借りていた。放課後は川で遊び野山を駆けていた。中学時代も裏山に登って基地を作って遊んでいた。田舎暮らしを通じて鍛えられていた足腰が目覚めたのだ。

練習でも人一倍走れた。最後まで息が切れなくなった。バスケットの技術は相変わらず下手だったが、走れるようになってからは、ボールがよくまわってくるようになった。走れば走るだけチャンスがめぐってきた。練習試合ではじめてベンチ入りが許された日にいきなり出場の機会が来た。最後の消化時間だったが、3分間を走り回って、シュートが2本もきまった。その日を境にバスケットが楽しくなってきた。体力的な辛さが無くなったら、精神的にも楽になった。練習でも試合でも周りが見えてきた。暗かった体育館が明るく眩しい場所に変わっていた。

1年生最後の体育の授業。この日はいつもと雰囲気が違った。鬼監督がみんなを集めてこういった。「ご苦労様。みんな立派に耐え抜いた。みんな自分の体の変化に気づいたと思う。ここで身に着けた基礎体力と耐える力は一生の役に立つ」と。鬼監督は、はじめての笑顔を見せた。そして二度と厳しい顔を見せることは無かった。卒業まで笑顔の絶えない楽しい体育の授業が続いた。おかげで私はすばらしい力を得た。その後に起こるどんな困難もささいなことに感じるようになった。みんなもそれぞれ得がたい体力を身につけた。決してハンドボール部のためではなかったのだ。

明るい春がやってきた。2年生になって、なんとレギュラーに指名された。うまくはないが本番に強かった。まわりが見えたので、的確なパスが出せたことも要因だった。

新しい学年には気になる奴がたくさん同じクラスに集まった。隣の席になったのは、あの男子禁制の演劇部で例外的に一時期練習を共にしていた美男子Kだった。彼は松田優作がすべてで探偵物語の姿をし、しぐさまで真似をして生きていた。(注:この高校は、制服も校則も70年代の自由の風に吹かれた先輩たちがなくしていました。)後ろの席には何の部活にも属せずひたすら机をコツコツ叩いているNが居た。彼はドラマーだった。大学生とバンドを組んで学外で活動していた。彼の音楽の知識は私の記憶力をすぐに超過した。Yもいた。彼は一年生から写真部の部長だった。そもそも彼が部つくったのだ。学校の部活動を撮って自分で理科の準備室につくった暗室で現像していた。文化祭で張り出された写真は、熱い仲間の姿を生き生きと描いていた。派手な女Uもいた。正門に真っ赤なスポーツカーの彼氏がいつも迎えに来ていてみんなに嫌われていたが、とてつもなく美人だった。そして一年の時から唯一気心が知れたGもいた。モノ作りや絵が好きなところが良く似ていた。文化祭の人形劇をもうやめようぜといったのも彼だった。

続く

 


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by susabi2007 | 2007-08-03 11:23 | すさび映画生活
試練
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Nikon D200 TAMRON SP AF90mm F/2.8 Di MACRO1:1
撮影地:野辺山高原

 




susabi映画生活 高校編 その2 


「郷に入れば郷に従え」あんまり好きな言葉ではないが、運動部に所属した。いままでこれといった運動もせずに幼少期をすごし、体育に関しては平凡な人間であったから、自分から積極的にスポーツをしたいなどとは思わない青白い少年であった。中学時代に少しだけかじったことがあったのと(すぐにやめたというです)、背が高かったので、しつこく勧誘され、バスケットボール部に入部した。

当時はまだ「マイケルジョーダン」や「スラムダンク」などは流行ってなかったので、人気のない穴場の運動部であった。それでも何年か前に大阪代表で全国大会に出場し、そのときのOBたちが練習を指導していた。当時は運動神経のいい野球経験者なども高校からバスケに転向したらしいが、野球部が強くなってきて人材が流れ、バスケ部は人集めさえ苦労していた。秋の文化祭で映画を撮るという夢はまだ抱いていたが、これにバスケットが加わっても何とかなるだろうと思っていた。この高校は夜間部も併設していたので放課後の練習時間は一時間半と意外と少なく、自分の時間は確保できると思っていた。

ところが部活に入ってみて驚いた。早朝練習、昼連、放課後と一日3回もコートに立たされた。しかも一年生はその前後に雑巾がけやボールの準備をしなくてはならない。どこの部も同じだ。音楽系のコーラスやブラバンも同じだけ練習するので、女子も例外なく弁当は授業中に食べた。おしゃべりで授業を妨害されるよりも食べながらのほうがみんな黒板を見るので、先生も特に文句は言わなかった。放課後は早々に帰宅して風呂に入って眠らなければ身が持たなかった。水曜ロードショウの水野晴夫にも日曜映画劇場の淀川長治にも会う元気は残っていなかった。

さらに毎日のように鬼監督のスパルタ体育授業が待っている。この頃になると準備運動のうさぎ跳びに片足とびやカンガルーも加わった。ハンドボール部全国制覇の野望を抱くこの鬼監督に部活と授業の区別など関係なかった。限られたか時間内で成果を上げるため、目の前にひとりでも部員がいたら全員一緒に鍛えるのである。

水泳の季節になってやっと準備運動から開放されたと思ったら、いきなり1500泳げという。みんな150mのことだろうと思って25mプールを3往復して、ヨロヨロと上がってきたら、あと27往復も残っていた。「先生もう限界です。体が持ちません。これ部活じゃないんですよ」と耐えかねた生徒がいったら「勝手に限界を決めるな、倒れた時が限界や!」と本気で怒鳴りつけていた。

子供のころに漫画で梶原一騎の「巨人の星」や「あしたのジョー」を読んで、その描写力の巧みな「川崎のぼる」や「ちばてつや」に興味をもっても、星飛雄馬や矢吹丈に憧れるような人種ではなかった。スポ根は別の世界の物語であったのが、自分がその真っ只中に置かれてしまったのだ。

日曜日は毎週練習試合。同じ一年生でも上手い者はベンチに入って交代要員で試合にも出ていた。私は試合ではコートにすら入れなかった。体育館の2階から声援を送る係りであった。何をやっているんだろうか、と悩む暇もなく、来る日も来る日も練習の日々である。過度の疲労は思考力さえ奪ってしまう。練習を仮病で休むと次の日は体が動かなくて余計に辛かった。毎日運動し続けることが一番楽な方法であったのだ。

憧れだった高校生活最初の文化祭のクラスでの出し物は「人形劇」。2,3日前に用意した、市販の指人形で、「狼と3匹の子豚」を一回やった。そして、あまりにも自分達の幼稚さにあきれて一回で上演をやめてしまった。そして私には、映画を企画する気力は無かった。ましてや、人を指揮して何かをまとめようなどという自信は微塵も無くなっていた。プロでもアマでも映画の監督をするというのは、揺るぎ無い自信と信頼がなければ成しえないものである。

中学時代に映画を撮れたのはクラスメイトの信頼を得るだけのタイミングがあった。その年私は岡山の中学から丸一ヶ月アメリカにホームステイにいった。今ではよくある話であるが、当時はアメリカに渡るためにはホノルルかアンカレッジを経由しないと飛べない時代であった。そんなときに一人でアメリカの広大な自然の中で過ごした経験は、学校でも評判となり、自分自身を大きく成長させていた。

その経験も自信も、この大阪では平凡な出来事に過ぎなかった。ピアノを弾いてる女の子は、幼いときからヨーロッパに学びに行っていたし、野球少年たちは中学時代にアメリカでの親善試合に出場していた。

この高校の文化祭は演劇部が仕切っていた。彼女らの舞台が全てだった。白い面をかぶった個性的な創作劇で、これを目当てに学外からも観客が集まってくる。顔を隠した彼女達は大胆であった。これが同じ高校生とは思えないような大人びた体を、その演技のなかで見せつけた。はじめて女性の体が美しいと感じ、男子禁制の理由を理解した。

続く

 


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by susabi2007 | 2007-08-02 11:22 | すさび映画生活
紫露草
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Nikon D200 TAMRON SP AF90mm F/2.8 Di MACRO1:1
撮影地:野辺山高原
 



susabi映画生活

昨日また映画を観てしまいました。有楽町に用事があったのですが、ふと見上げると「ボルベール(帰郷)」のポスターが。うわさにはその評判を聞いていましたが、最近自分が映画モードなので観なくては居られなくなってしまったのです。

スペインのラマンチャ地方の美しい町並みを背景にたくましく生きる女性を描いた「笑いと涙とサスペンス」。私のちょっと苦手なカンヌ系らしい始まり方にやばさを感じましたが、すぐにサスペンスものとなり、ユーモアもたっぷりの作品でした。

さて、昨日長々と書いた中学時代の思い出をわざわざ読んでいただいて、ありがとうございます。調子にのって高校編を書いてみようと思いますが、高校時代はさらに濃い青春がつまっているので、思い出に浸りながらゆっくり書きたいと思います。

一個人の単なる思い出話をブログに記しておくだけですから、よっぽど暇な人以外はパスしてください。


susabi映画生活 高校編 

高校は親の転勤で大阪の高校へと進学しました。岡山でのんびり過ごした私には、そこは眩しい大都会でした。田畑の間を自転車で中学校に通っていた私にとって、毎朝、満員の電車に乗って通学しようとは思いもよらぬ生活です。しかも自分の進む高校がどんな学校であるかということなど、親が調べてくれたわずかな情報以外に岡山では知ることも出来ませんでした。

府立高校なので、岡山のいわゆる普通の公立高校と大差は無いだろうと思っていました。入学してみてびっくり。そこは音楽とスポーツが盛んで中学時代にその分野で活躍した人たちが集まってきていた学校なのです。そうじゃない人たちは別の普通の学校を選んでいます。

この学校のメインイベントは年末の音楽祭。授業で音楽を選択した生徒達が華々しく舞台に立ちます。高校でも文化祭に命を注ごうと意気込んでいたのですが、どうやら他の生徒達の目的は音楽祭だったようです。しかしそんな舞台があるとは入学したばかりの私は知りませんから、当然選択授業は美術を選びます。美術を選ぶ生徒がクラスで4分の1も居なかったので不思議には思いましたが、まあ正直言って、音楽より美術のほうが全然好きでしたから、私には選択の余地はありませんでした。

どうも、のんびりとした中学時代と雰囲気が違います。私も中学時代は何でも上手く出来たほうなので多少の自信はありましたが、クラスメイトの経歴を聞いて自分のささやかな自信など吹っ飛びました。ここの生徒はすでに中学時代に特定の分野で大阪を勝ち抜いて来た人たちばかりだったのです。どこぞの私学なら分かりますが、府立にもこんなところがあったのです。好きで選んだ高校ならともかく、これは大変なところへ入ってしまったと気づいた時にはあとの祭りでした。

この学校で男子が生き抜くためには、体育会系の部活に入るかしか道はありません。もともと女子高だった(それも知らなかったが)ので、女子の発言力が強く、彼女達の嗜好によりスポーマン以外は男子ではなかったのです。

しかしながら、正直こんな超高校級の運動神経ばりばりの人たちと一緒に部活をする自信はありません。ハンドボール部は大阪代表の常連で、野球部はPL学園さえいなければ甲子園目前。その他の部もインターハイは当たり前。体育の先生はハンドボール部の熱血鬼監督。たかが体育の授業もスパルタ方式で、準備体操がうさぎ跳びでトラック一周。目を盗んで立って歩いたのが見つかったらもう一周。準備体操が終わったころには鐘が鳴る。単なる部員の基礎トレの時間だったのです。

それでもまだ事情が分かっていない私は美術部に入って絵を習いたかったのですが、そこに男子はいませんでした。じゃあ演劇部でもと思って訪ねたら、なぜだか男子禁制でした。

続く
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by susabi2007 | 2007-08-01 11:31 | すさび映画生活
夢の姿
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Nikon D200 TAMRON SP AF90mm F/2.8 Di MACRO1:1
撮影地:野辺山高原 :ヒメジョオン
 




今日の写真とは全然関係ない話ですが、せっかくブログをやっているので、たまには写真以外の話や、昔の思い出話なんかも書いてみようと思います。昨日、映画を見た後に思い出したようにだらだら書いたので、長いですから忙しい人はここから先は読まないようにしてください。(笑


susabi 映画生活

映画って、楽しいですね。
「ダイ・ハード4.0」を観てきました。ここまでやるかっていうアクションに拍手喝采です。最近「24」のジャック・バウアーに最強の地位を奪われましたが、元祖「なかなか死なない」男、マクレーンは健在でした。

映画のなかでも、私は大衆娯楽映画が好きです。いわゆる芸術映画といわれる分野は苦手で、その美しい映像に惹かれて観てしまうのですが、よく眠れます。その点ハリウッド映画は観ていてスッキリ爽快です。人を楽しませるエンターテイメントの究極の姿ではないかと勝手に思い込んでいます。

実は私も2本ほど映画を作ったことがあります。こういうと驚かれますが、中学と高校の文化祭でそれぞれ監督をしました。そのころは親の転勤で岡山に住んでいましたが、たまたまクラスメートに映画好きが集まり、学校側でも映画をやりたいという意欲に興味を持っていただいて全面協力をしていただきました。

私は小さいときから簡単な劇を作って発表するような活動に参加していて、なんとなく段取りが分かっていたので、監督を買って出ました。初監督の作品は「西遊記」。その時に、堺正章と夏目雅子のTVシリーズが流行っていたので、すぐに決まりました。図書室の子供用の「西遊記」からアクションの多そうな章だけを要約して脚本にしました。

当時は、なんといってもスターウォーズに酔いしれている最中でしたので特撮には凝って、孫悟空がやたらに空を飛び、敵と出会うとすぐにチャンバラです。ロケ地はいつもの遊び場です。裏山や大きな川や田畑や空き地がいくらでもあったので、どんなシーンでもイメージ通りの場所が身近なところで調達できました。クラスには不良もいましたが、彼らにはそのまま悪役を演じてもらいました。不良になるような子は「悪役」を本気でかっこいいと思っているので、その演技力は抜群です。自分でいうのもなんですが、脇役が光る映画は中学生が作ってもいいものに仕上がります。

撮影は写真屋の息子が担当しました。正直彼がいなかったら、そもそも映画なんて成立していません。そのお父さんのスタジオには見たこともないような美しい写真がたくさん飾ってありました。写真というものをはじめて認識した瞬間でもあります。撮影はその子が全て自分で撮りました。この映画撮影には親が一切係わっていなかったことは自慢すべきことでした。その年齢にして撮影のノウハウを全て熟知していたようで、「スターウォーズのあのシーンみたいに」と私が気軽にいうとその通りに撮影してくれました。もちろん衣装は女の子たちの手作りです。

とりあえず撮ってはフィルムを見て、切って貼り、切って貼りのアナログ作業を繰り返しました。うまく行かないことばかりでしたが、何度でも撮り直してました。ビデオやパソコン全盛の今では考えられない労力ですが、むしろ直感的な作業だけでしたので、やりやすかったです。

最大のイベントは録音でした。放送室でクラスみんなでせりふや効果音を入れていきます。放送部に所属する友達が放送室にあるレコードを駆使して音をつなぎ合わせていきます。映像に音が加わっていくと命が吹き込まれていくようです。

脚本から完成まで3ヶ月。放課後と休日を使ってクラスの全員が制作に携わりました。そして本番。学校関係者のみならず、町中のうわさを聞いた人たちで教室から廊下までの毎回、超満員。あまりの評判に上映しすぎて、フィルムが上映中によく切れましたが、制作中に何度も切ったり貼ったりしていた経験が活きて、いつでもすぐにつなぐことが出来ました。

挙句のはてには音を入れてる磁気部分が磨り減って、音声が途切れ途切れに。最後は録音の再生を止めて、みんな暗誦してしまっているセリフを直接語り、口で効果音を合唱しました。

拍手喝采の雨あられ。  嬉しくて、嬉しくて、みんな涙が止まりませんでした。


あの時味わった感動が忘れられなくて、高校時代にもまた挑みました。
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by susabi2007 | 2007-07-31 11:35 | すさび映画生活